大学の片隅で事務職員がさけぶ

小さな大学の事務職員がいろんなことをさけびます

名前の意味は

時期的に、どの大学もほぼ入学者数が確定していることでしょう。新入生の受け入れ準備のためにも入学者数は早く確定してほしいのだが、ぎりぎりまで辞退者がでるため、なかなか難しい。定員割れするかどうかというドキドキ感もあるし、どこまで定員が割れていくのかという悲しい事実とも向かい合うのも大変である。(出だしは3月末に書いたので、4月には合わないわ)

そうすると、学内から出てくることが改組や名称変更である。

大学の学部のネーミング競争に拍車 謎のカタカナ学部が続出 (NEWS ポストセブン) - Yahoo!ニュース

この記事では、『近年、少子化や大学進学率の上昇により、大学間の学生の奪い合いが激化し、「国際」「グローバル」「子ども」といった学部名をつけて独自性を打ち出す大学が増えている。学生に“未来”を感じさせる講座・コースの名は、かつては専門学校や私塾の専売特許だったが、大学がそこに参入して、ますますネーミング競争に拍車がかかっている』と言っているが、こんな話はずいぶん前にいわれていることで、今更何を言っているのだろうか。もうずいぶん前から、よくわからないネーミング、学位があふれているよ、我が国には。

 

でも、何が問題なのだろうか。この記事を読んでも、何を問題視しているのかがよくわからなった。

 

現実問題として、名称を変えるとその翌年度、多くは志願者を増やしている。理由としては以下のことが考えられる。

1.「変えた」ということで広報がしやすい。

2.「変えた」ということで、特別な広報予算がつく。

3.「変えた」ということで、広報担当者が力を入れる。

4.「変えた」ということで、そのときの受験生の興味をひく

 

……少し疑問もあるが、名称変更によって一時的に志願者が増えるのは事実である(エビデンスがみつからないけど、多くの関係者はそう思っている?)

そのため、志願者が減ってくると「名称を変更しよう」という議論が起こるのは、うちの大学だけではなく、多くの大学の傾向である、と業界の集まりなどでいろんな方の話を聞いて感じた私の感覚。

でも結局は、その学科などが行う教育や成果(就職率や資格試験の合格率とか)が弱く、あるいは流行から外れてしまえば、志願者は減っていく。そうするとまた、名称変更の議論が起きる、というループができるのである。

 

たしかに名称変更は手っ取り早い「変えた」ということを見せる方法だった。比較的簡単な届け出で、本当は中身を変えないといけないのに、科目名もそれなりに変えても、内容も教えている教員は変わらない。それでも志願者は一時的に増える。いや、届け出だからこそ、中身は変えられなかった、ということもある。

 

でも、昨今は文科省も規制を厳しくしており、名称変更でも届け出とはいえ、実質的には認可申請と同じような書類の提出が求められるようになった。とくに学生獲得の見通しまで根拠資料とともに提出しないといけないというのは、なかなかつらい作業である。

 

一方で名前は重要である。なぜならば、学科や専攻の名前がもっともダイレクトに志願者に伝わるからである。志願者からの第一コンタクトは名前である。名前で興味をもってもらい、さらなる情報に引き込むことができるのである。いまどき「文学部日本文学科」で興味を持つ志願者はほとんどいない。むしろ「スマホ学部LINEコミュニケーション学科」と名乗ったほうが関心をもってもらうことができるだろう。

 

でも、名前は入口だ。教学的には名前は教育課程を表すものかもしれないが、マーケティング的には入口だ。まずは関心をもってもらい、引き込んでさらなる情報を与えてさらなる関心をもってもらい、最終的には受験し、入学してもらうことが目的なのだ。……ということを教員に説明しても怒られるだけなのだが、言いたいことは名前はそれほど重要なことではないし、どんどん変えてもよいものだと思う。

 

名前は、大学だけではなくどんな商品でもそうだが、結局大切なのは「中身」ですよね。

だから学科の名前くらい、自由につけてもよいと思うのですが。