学修時間の計算方法
学生も先生も夏休み突入だが、職員はそんなに休めない。いや、学校に寄って違うみたい。うちは、部署によって違う。私は、休む方かもしれない。
さて、明治大学が時間割を変更するという話題が入ってきた。
2017年度からの本学授業時間割の変更について(お知らせ) | 明治大学
4学期制移行を見据えた対応のようだ。現在、明治大学も多くの大学は2期制で1期15週である。4期制にするということは、15週を2つに割る必要があるけれど、1週余ってしまう。うちでも検討したことがあるけれど、難しいし、うちはグローバル化を見据えてなかったので、それほど深い議論にはならなかった。
なるほど、90分を100分にすることで14週でも大学設置基準に定められた学修時間数が確保できるんだ。
……あれ、まてよ。
【大学設置基準】
(単位)
第二十一条 各授業科目の単位数は、大学において定めるものとする。
2 前項の単位数を定めるに当たつては、一単位の授業科目を四十五時間の学修を必要とする内容をもつて構成することを標準とし、授業の方法に応じ、当該授業による教育効果、授業時間外に必要な学修等を考慮して、次の基準により単位数を計算するものとする。
一 講義及び演習については、十五時間から三十時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもつて一単位とする。
業界の人は今更わかっている話をしますが、授業と自分で予習や復習などをする時間も含めて、1単位45時間となっている。なおかつ講義については45時間の中で15時間から30時間は授業時間だとしているわけだ。
つまり1単位あたり15時間は授業をしないといけない、ということになっている。
90分で15週の授業が2単位、というのは大学ではベーシックなものだろう。明治大学もそうだ。でも、これで計算すると1350分=22.5時間。30時間にぜんぜん足りないです。……ここにトリックがあって、大学の慣習で90分授業は2時間と計算するんだね。私も大学で働くまで知らなかったよ。だから、2単位で30時間の授業をしている、ことになっていた。文科省も黙認している、ということかなぁ。
でも、今回の明治大学の措置だと90分から100分になって14週に減るわけだが、慣習どおりの計算方法だとしても100分でも2時間。すると28時間になってしまうので、大学設置基準を満たしていない……いや慣習による計算方法も厳密にいうと満たしていないよな。
おそらく、授業時間外の学修時間を含めて1単位45時間になる、という解釈なのだろうか。何かそのための措置をするのか。
それが明治大学が発表している。補助的モジュールの設置の話だろうか。
(2)補助的モジュールの設置
早朝や夜間,昼休みという時間を有効に活用するため,早朝の時間にモーニングモジュール(Mm),昼休みの時間にランチモジュール(Lm),6時限終了後の時間帯にナイトモジュール(Nm)を設けます。
Mmは予備的時間割として,Lmは昼休みとして,Nmは社会人対応の夜間時差時間割として運用することを原則としますが,必要に応じて授業・補講への活用や集中講義の実施にも活用するなど,補助的モジュールとして利用することも計画しています。
私は教務系の専門ではないけれど、うちの学校の教務の人と話しても「どうなんだろうねぇ」といわれるだけで、よくわからなかった。
でも、きっと文科省にも事前に相談しているだろうし、問題ないのかな。
誰か教務に詳しい方の話を聞きたい。
知らないのはうちだけなのか
ブログを定期的に更新するのはなかなか難しい。気が付くと時間が経っている。時の流れは思ったより速いのですね。
さて、最近伝え聞いた話である。
中央教育審議会の大学分科会で発表された資料のこと。
この中で、「地方創生のための大都市圏への学生集中是正方策について」というものがあ。案となっているが、大都市圏への学生集中を是正するため、補助金や学部などの認可申請に対する基準として、入学定員超過率を低くするというものである。
新聞でも前に報道されました。業界関係者からも、そういった話があるというのは聞いていました。
でも、資料の日付を見ると「6月」となっている。
なおかつ、大規模大学の多くがすでに収容定員増の認可申請をしているという事実がある。おそらくどこかで聞きつけて、早めに動いたのではないか、という印象を抱いてしまうのだ。
知らないのはうちの大学だけなのか。
もちろん、大規模大学ではないので、どちらかというと、入学定員を減らして補助金の増収を狙いましょう、という方向なのだが、定員減って、なぜか、みなさんいやがるんですよね。いや、ちゃんと満たしているならともかく、大変じゃないですか。
うちも勝負どころ、だなぁと、思っているんですけれど、構成員はあまり危機感を持っていないようで。今一生懸命、収支予測とか作って、定員や学科構成の検討などを進めようと思っているんですけど、危機感がないので、どうなるかなぁ。
それはそれとして、なんでこんな重要な情報が各大学に回らないんでしょうね。案だとしても、マスコミには流しているんですよね。
あ、うちは関係ないからか(涙)
人生デザインU-29「大学職員」
一部で話題となったNHKのEテレ『人生デザインU-29「大学職員」』ですが、もちろんリアルタイムで見ることはできず、録画したものを観た。
NHK for School:NHK | 番組紹介 | 人生デザインU-29「大学職員」 (6/22ほか)
この番組は、“自らの人生をデザインしようと奮闘中の29歳以下代表”の姿を描き、毎回さまざまな仕事についている人を取り上げている。
今回は、立命館アジア太平洋大学の学生課職員(25歳男性)にスポットライトをあてていた。この大学は留学生が在学生の半数近くを占めているグローバルな大学で、業界の中でも注目されているところである。この大学は学校法人立命館が設置しており、京都の立命館大学も傘下にある。学生課職員の彼も立命館大学の卒業生から新卒で学校法人立命館に入り、当然母校に配属されると思っていたら、大分の立命館アジア太平洋大学に配属されてしまった。英語の苦手な彼はいろいろと苦労する……というのが、今回のストーリーだった。
ざっくりと観た感想は、どこの大学の学生課職員も細かいことでいろいろと大変だなぁと思う反面、フレンドリーな彼にとってはフィットした部署でもあったように見えた。
では、同じ大学職員という立場から見ると、いくつかおもしろいことが見えた。
1.職員は公平であるべきか
うちの大学、だけではなく、多くの大学でも、だと思うが、学生と接する上では公平公正であることが原則であるといわれる。でも彼は自分の知っている学生に積極的に声をかけたり、一緒にご飯を食べたり、バスケットで一緒に汗をかいている。単純に考えると、いいじゃんと思うが、学生との距離が近すぎるのが気になった。仲のいい学生とそうではない学生との対応に違いがなければよいと思うが、距離感が難しいと感じた。私自身は学生と接する部署にいたことがほとんどない(研修で短い期間学生課に配属された)くらいだから……でも、接し方はいろいろと注意されたし、丁寧語を使い、けっしてフレンドリーな対応はするなとか、いわれたような。留学生中心の大学だと、学生と接する方針も違うのか。
上司は注意していないみたいだから、大学として公認されているのだろうが、一方で番組の最後に起きたような「プレイルーム」について、彼の上司が指摘したように大学全体、あるいは学生全体という視点が弱い気がした。
2.留学生とのコミュニケーション
私も英語は苦手なのできっと国際交流に関する仕事はできないし、人事部も知っているから異動はさせないだろう。もし異動させられたら辞めろということに違いない。でも、立命館は語学力に関係なく配属するようだ。
多くの大学では留学生は日本語がある程度できることを条件に受け入れているはずだが、この大学は日本語力をとくに指定していないので、入学後に勉強する学生も多いと聞く。対応する教職員はほんとうに大変だと何人かの元教職員から聞いたことがあった。テレビを観たかぎりではそのようだ。
フレンドリーすぎるのではないかと思ったけれど、一方で努力をしており、話した学生一人一人についてメモを書き、名前とどんな学生だったかを忘れないようにしている工夫はいいと思う。何度も窓口にいくのに、職員が名前を覚えていないのはやっぱり悲しいと学生も感じるだろう。これはほかの大学の職員も使っていいのではないだろうか。
3.学生課
31名の職員が働いているという。ホームページによると契約職員を含めて197名の職員がいるわけだが、5000人規模の大学にしては学生課の職員は多いのではないだろうか。……で、調べると、この大学ではほんとは学生課ではなくスチューデントオフィスと呼んでいて、今年の5月1日現在で24名となっている。なんで数値が合わないのだろう。それはともかく、それでも多い気がする。でもそのうち契約職員が13名だ。テレビでは紹介しないような業務をしているのか。最初は教務系も扱っているのかと思ったけれど、別にアカデミックオフィスがあって職員が60名……これも多いけれど、学部事務も入っているのかな。事務局構成が謎である。
それにしても、オフィスと窓口をうまく分けていて、その窓口も使いやすそうだし、学生も来やすい感じでいいなぁ。場所もよさそうだ。学生が待つラインを別に設けてそこで並んでもらい、ひとりずつ窓口に呼ぶ形だ。いいアイデアだ。
3.志望動機
彼は大学生活がとても楽しかったようだ。人生の夏休み……私もそうでした。
大学職員となった志望動機は、後輩にも同じように大学生活を楽しんでほしいからだそうだ。そういって母校に就職する人も多いんでしょうね。
目的意識の高い留学生を見てカルチャーショックを受けたそうだ。
私は大学に就職して、昔と違って学内の活動で忙しい学生をみてびっくりしたよ。昔と違って今の学生は勉強しているというか、学校でいろんな活動をしてますよね。
4.学内活動
禁煙を推奨する学生サークルが紹介されていた。どういうモチベーションでこういう活動をしているのか、どのように大学側がサポートしているのかが気になった。彼がつきそったり、打ち合わせに参加したりしているが、英語で行われる打ち合わせに戸惑う姿が印象的だった。いや、日本語で行われていたとしても、職員はどのようにコミットするべきなのか、考えさせられた。自主的な活動なのに大学側があれこれいうのもへんだし、でも内容的には大学運営に重なる部分もあって口出しせざるをえないだろう。
5.待遇
月収と内訳も紹介してくれた。
月収20万円だそうだ。手取りが20万円ということらしい。25歳大卒正社員だと、それくらいだろうか。一般的な大学職員もこんな感じでしょうか。でも九州の相場というより京都相場なのか。
この中で奨学金の返済が毎年3万円というのは大きい。やはり奨学金は安易に借りてはいけない……でも借りないと学費が払えない……大学職員の話で奨学金の切実な状況が垣間見えるのは皮肉なことだ。
6.勤務状況
土日休みの週休2日制。始業が9時で終業が18時のようだが、紹介された週は20時まで勤務した日が多く、残業が多めと紹介されていた。それを多いとさらえるか、少ないととらえるかは、職種によって違うのか。うちから見ると、学生課の人はあまり遅くまで残っていない印象です。定時を過ぎて電話をすると誰もいないことがある。
……それはともかく、彼はその中で週一日定時で帰る。てっきり英語を勉強しにいっているという話かと思ったら、バスケットクラブで学生と一緒に汗を流しているということだった。学生時代バスケットをゃっていた経験があり、コーチのような存在なのだろう。そういえば、こうして職員が学生サークルに参加することが認められている大学って、どれだけあるんだろう。
7.お祈りの場所
今回の話のメインである。イスラム教を信仰する学生から学内にお祈り場所を作ってほしいとの相談があり、彼が受ける。大学の方針として特定の宗教だけを優遇できないという話をすると、学生からイスラム教だけではなく他の宗教も含めて使えるプレイルームを設置したらどうかと提案があった。空港やアメリカの大学などで設置されている。
このエピソードは全体的に不自然なのだが、それはいい(1人の学生の相談があって、すぐに相談された職員が動いて、しばらくしてから上司に相談するって、プロセスがおかしい)。
その学生と仲間は学生食堂の一角の通路に敷物などを置いて、そこでお祈りをしているという。いや、そんなこと勝手にされたら困る。学生課の職員ならまずはそこを問題視すべきだろうが、そこはスルー。大学として問題ないということなのだろうか。
で、彼はあまり使用されていない会議室を使ったらどうかと提案するが、毎回使用許可申請をしないといけないから無理といわれてしまう。ここでやっと彼は上司に相談する。
この大学では特定の宗教を優遇しないという方針だという。それは正しいかもしれないが、公平に扱うことによって一部の人がかなり苦痛を感じる状態になるというのであれば、対応することもまた必要ではないだろうか、と思いつつ、当事者ではないので、もしうちで同じ相談があったらどうするのだろうかと考えてしまった。
で、彼の上司の答えは「特定の学生のためだけだったらだめだと思うし、キリスト教とか他の宗教もプレイルームが必要という話にならないと、大学の中でなんでムスリムだけという話になるし」だった。
彼は、相談してくれた学生がいるのに応えられないのはもどかしいという。
上司は「ほかの学生の状況も調べて、学生のリクエストがどんなものなのか職員として分析する必要があるのではないか。最終的にどうすればプレイルームというものを実現するような形でつくっていけるか、それがぼくらの仕事」と指摘する。
上司は彼について「学生が望んでいることに回答したいという気持ちが強すぎる。それが必ずしも大学全体や学生自身にとって一番いい回答なのかどうかはもう少し慎重に対応していかなければいけない。もう少しそのあたりを経験してほしい」という。
学生の希望をかなえたいという気持ちは大切だが、マーケティング的にいう真のニーズをつかむ必要もあるし、公平な処理ということもたしかに忘れてはならないのではないかと思った。
彼は学生を呼んで、だめだったと伝える。気持ちはわかるけれど、もう少し大学の代表として回答するような言い方りの方がいいなぁと思ったけれど、現場の人間としては、自分は残念だけれど、大学の方針としてみたいな言い方もしかたないのか。
番組の最後、彼は人生デザインとして、「知らないことにわくわくしたい」といい、「学生がすごしやすいキャンパスをつくるため、動き出した」というテロップが流れ、いろいろな国・宗教の留学生にお祈りについてインタビューを行い、「この大学でまだまだたくさんのワクワクに出会えそうだ」というテロップで終わった。
自分がもし、新卒で大学職員となり、最初の配属先が学生課で、なおかつ留学生が多い大学だったら、どういう対応をし、どんな職員になっていただろうか、と考えさせられる番組だった。
そして、自分が学生から「プレイルーム」を造りたいと学生から相談があったとき、どう考え、どう行動しただろうか。おもしろいケーススタディではないだろうか。
多くの大学職員に注目されていた番組のようなので反応が楽しみ、だったけれど、あまり見かけないのは残念だ。 うちの職場でも、こんなものが放映されるよと教えたけれど、観た人はほとんどいなかったみたいだな。そういえば、彼のように学生に寄り添って考える職員もいないかもしれない。
彼の上司は学生に寄りすぎといった指摘をしていたけれど、どうでしょう?
参考
大学案内の目的は
ほぼすべての大学で「大学案内」の冊子を作っているだろう。東洋大学は今年からWebのみにしたようだが、印刷物とweb版の双方を作っているところが多くなっているような気がする。
その中で、近畿大学がファッション誌のような案内を作ったとニュースになった。
これが「大学案内」とは まるでファッション誌「近畿大学案内」 (産経新聞) - Yahoo!ニュース
ところで、大学案内のターゲットは誰なのだろうか。もちろん受験生であろう。
では、目的は何か。
それは大学によっておそらく違うのではないかと思われる。受験生への情報提供かもしれないし、受験生よりも親や高校への情報提供かもしれない。あるいは、大学として案内くらいはないと、という程度の意識かもしれない。
というのも、最近の受験生は大学案内をどれだけ進路決定の材料にするのかが疑問である。受験戦争などといわれたころは、偏差値で受験先を選ぶしかなかった。入試の時にはじめて大学に行った、という人も多いようだ。
でも、今は違う。偏差値上位の大学でなければ、選択肢はいくらでもある状態となっている。ネットの情報、親や教師の意見、オープンキャンパスなどによる見学、学内進学相談会でのプレゼン……そういったアプローチの中で進路先をイメージし、決めていく。その中に大学案内というものもあるが、最近の高校生は文字を読まないといわれている。だから、多くの大学の案内もビジュアル重視で、カリキュラムなど細かい情報は小さく掲載するか、ホームページで見るようになっている。
消費者行動論的な考え方でいけば、大学案内はどれだけ有効なのだろうか。
サミュエル・ローランド・ホールが提唱した「AIDMA」は、消費者が購入するまでのプロセスを「Attention(注意)「Interest(関心)」「Desire(欲求)」「Memory(記憶)」「Action(行動)」の5つに整理したものだ。
この理論でいえば大学案内はどこにあてはまるのか。大学案内は基本的に資料請求に基づき送る場合が多いとすれば、「Interest(関心)」を持った人が請求するということになるだろう。しかし、そこから「Desire(欲求)」に結びつくだろうか。
電通が提唱したAISASでは、AIDMAにあった「Desire」と「Memory」を「Search(検索)」に置き換え、「Action」の後に「Shere(共有)」を追加したものである。
そう、今は関心があればネットで調べるわけである。
そう考えると、大学案内は消費者行動論的な考え方、すなわち、大学を選び志願するという過程においては、実は、もはや不要な存在なのではないだろうか。東洋大学が大学案内を廃止したのはおそらくそういう考え方だろう。
一方で近畿大学は受験生は大学案内を読まない、という視点から大学に興味を惹かせるための方策としてファッション誌のようなつくりに変えたのだろう。
そういう意味では、東洋大学も近畿大学も広報戦略をしっかりと立案し、ターゲットを見極めて差別化戦略をとっているといえるのではないだろうか。
ここから学ぶべきことはほかの大学でもあるだろう。大学案内に多額の資金を投入するよりも、受験生の消費者行動を分析し、効果的な広報戦略を立てる必要があるのではないか。予算は限られているのだから。
うちは……うーん。
SDってなに?
この業界に入って、いろいろな専門用語を理解するのに苦労したんですが、言葉というよりも意味がわからなかったのが「SD」。Stuff Developmentの略称ですね。それはすぐに理解したんですが、これって、研修のことですよね。それをなんで、SDとわざわざ読んで、文科省などがやらないといけない、というのかがわからないんです。
大手や中堅の一般企業の場合(大学でこういう言い方をするといやがられるので使いませんが)、新卒は基本的な研修をしてから現場に配属して、OJTをしながら実務を覚えるのがふつうなんだと思うんです。大きいところだと、半年くらい研修というところもあるのかな。企業として必要なことは研修などで教え込むのは当然だし、そこで適性を見て配属先を決めるみたいな部分もあるわけです。
でも、大学の場合、規模を問わず、いろいろなところの話を聞く限りでは、簡単な研修はあってもすぐに現場に配属してしまうことが多いみたいですね。現場で覚えろ、という訓練方法もたしかにありますが、結局配属された先の業務内容や、偏ったやり方しか学ばないということがあるのではないか。
一方で、わたしのような中途採用は能力を買われた形からなのか、ほとんど研修もなしで配属されましたよ。仕事というか、状況をつかむのに苦労しました。
わ、わたしは何をすればいいんです、って感じで。
話がずれてしまいました。
つまり企業では研修はとうぜんのごとく行われているんですが、大学って、当然ではないのですよね。この前も管理職が何かの研修でSWOT分析っていうのを習ったと自慢げに話しているんですよ。
SWOT分析ですよ。
そういえば、転職して最初のころはいろんなフレームワークを使って説明したりするんですけれど、みんな、ぽかん、だったんですよ。なんでかなと思ったら、知らないんですね。フレームワークはお互い理解していることを前提に使わないと、議論にならないんですよね。よくわからないけれどそれでいいじゃんくらいになってしまうので、最近は使わないようにしています。
でも、視点を変えると、一般的なマネジメントの分析手法など使わなくても大学は運営できていたわけですよね(それを教えている先生は学内にいるのに)。
とはいっても、なんでSDを推進しないといけないのかがわからないんです。
何か問題があって職員の能力をあげないといけないって、それって、ここの組織の問題で、文科省とかが推進する必要はないんじゃないの? それとも国が介入しないといけないほど、ひどい運営をしている大学があるってことなの?
職員に何を研修させるのかは、個々の大学が自分たちのヒューマンリソース上の問題を分析したうえで考えるべき案件であり、強制的に実施しても効果があるものではない。大学の職員も会社員も危機感のある人や、自分でキャリアパスを考えている人は自分のお金で外部に学びに行ってますよ。企業の研修だって、直接的なスキルを学ぶものならともかく、それ以外のものはどれだけ役に立っているのかあやしいところもある。SDをすればどうなるのか、という議論がないような気がするんです。
研修さえすればみんな成長するというのは幻想ですよ。
何を教えて理解させないといけないのか、個々の大学でしっかりと把握したうえで研修体系を組まないと、効果はないと思いますよ。
でも、一方で中小の大学は研修を実施すること自体考えないところもあるのかもしれない。そういう意味では国からの外圧は必要なのか。
そういえば、うちもやらないなぁ。でも、やらなくてもちゃんと管理職になっている。あの人たちは実は陰で自主的に勉強をしているのか。教務系の管理職と教育の質的転換の話をしたけれど、わかってなかったような気がするし、財務系の管理職と補助金のスキームの話をしたけれど、何それって感じだったような気がする……でも、なんとなくうまくいっている。
でも、そうやって職員の能力を向上させようとしない大学は、結局SWOT分析のことすら知らず、有効な手立てを打てないまま沈んでいくだけなのかもしれない。
人事部は何もしようとしないから、私も何か企画してみようかな。沈まないために。
内部規則等の総点検・見直しは終わらない
学校教育法改正に伴ういろいろな対応も何とか終わってほっとしていたら、やってきたのが文部科学省からの調査である。
予告されていたものであったが、面倒な調査だったら、いやだなぁ、と思っていたけれど、実際に見てみたらあまり問題なさそうなものだった。少なくとも、きちんと対応していたら、胸を張って答えられる内容であった。
ああ、よかった、と思って監事用のものを見たら……大変そう。
あ、内容は公開されていないみたいだから、あまり書いてはいけないのかな。
一方で、とある団体がおもしろい解釈をしている。
http://www.jfpu.org/no%20governance%20reform/20141020NS_kaiseigakkyoho_torikumi.pdf
学校教育法改正に反対していた団体のはずだが、今回の文書ではむしろ改正された学校教育法を守れ、といった主張になっている。
そして、一部首肯しかねる部分もあるが、政府の答弁なども踏まえながら、基本的にはまっとうな解釈をしているのである。法律の解釈の仕方についての参考になるのではないだろうか。
簡単に言うと、私立大学においては運用次第なんですよね。
うちの大学でも教授会の審議事項などで多少はざわつきましたが、明文化して規定しないといけないものもあるけれど、運用自体はこれまでどおりなので、と何度も説明して納得してもらいました。教授会活動が活発ではないうちのような小さな大学ですら「どうなるの?」となったくらいですから、教授会が強い大学はほんとうに大変だと思う。
とりあえずは、動かしながら様子を見ていくしかない。今のところは何も問題はないようだし、どこからも不満は出ていないので、きっと本当に昨年度までと変わらない状態で動いているのだろう。
でも、それでほんとにいいのかな。
ゴールデンウィークにやることは
大学によっては授業回数確保のために、祝日でも通常通りの授業を実施するところもある。今日は土曜日なので、授業を開講しているところも多い。
うちも今日は授業だけれど、私は休みをもらったので5連休だ。やったー。
でも、民間企業によっては4月の29日から長い休みをとれるところもあるみたいで、私の友人も海外に行っている人がいる。
つまり、大学職員は休みが多いというのは幻想なのだな。
かといって、どこかに行く予定は入れなかったので、今年は家出本などを読んで勉強するつもりである。大学職員の方が書いているブログなどを見ると、たくさん本や論文などを読み込んで入れ人もいるし、勉強会に参加している人もいる。私はあまり外部の勉強会には参加した人がない。あるのは知っているのだけれど、今一つ効用を感じないのかもしれない。
そういえば、こんな記事がある。
なぜ「地方の成功事例」はつぶされるのか | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
簡単に言うと、地域で、地道な努力を重ねながら活動が徐々に拡大し、成果が目に見えてくると、地元紙から全国紙へ載って、役人が事例集に載せたりして、そのうち見学が殺到したり、講演などをしているうちに、中心となっていた人がそちらに力をそがれるようになって、だめになっていく。一方、無償で成功事例を仕入れたコンサルタントが他のところに高い金を提示して売りつける、という話である。
どこかで聞いたことがある話ではないでしょうか。大学もそう。大学の成功事例も有償無償の講演会や学会、勉強会などで講演をし、本などに掲載され、見学に訪れる業界関係者に惜しみなく説明する。
……いいことなのだと思いますよ。他の大学の成功事例があれば、それを真似ることもできる。二番手戦略を展開できるわけです。
でもそれって、ブルーオーシャンをせっかく手に入れたのに、レッドオーシャンに自ら変えようとしているようにも見える。国際教養大学のように、他の大学がなかなか真似ることもできないものもあれば、Project-Based Learningのように多くの大学が取り入れることで協働する企業の取り合いになったり、オープンキャンパスも今やどこでも学生主体のものに変わっているものもある。いい事例は共有すればいい、それで大学業界全体が発展すればいいのだ、というのは、正しいことのようにも思えるけれど、結果としてしわ寄せがくるのは、成功事例を作ってがんばっていた小さな大学なのではないか、と思うのです。
結局、業界の集まりにあまり顔を出さないのは、いい事例を聞いてもたぶん真似できないだろうし、自分のところの話をするのもいやだなぁ、と思っているからでしょうね。自分のところの話はできないけれど、相手の話が聴きたい、というのも困った人ですからね。
とりあえずはドラッカーの非営利組織の経営をもう一度読み直してから、新しい特色として何を打ち出すべきか考えよう。あとはランチェスター戦略の本でも読もうかな。そして、ネットで他大学の事例調べて、他がやっていないようなことを探してみよう。